東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)142号 判決 1969年12月25日
原告 大久保正次
被告 国税庁長官
訴訟代理人 高橋正 外四名
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立て
(原告)
被告が原告に対し、昭和三九年一一月二日付官総総八-一七五をもつてした税理士業務停止処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
(被告)
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者双方の主張および証拠関係
別紙第一、第二記載のとおり。
理由
職権をもつて、本件訴えの適否について判断する。
おもうに、税理士法は、税理士が納税者の信頼にこたえて納税義務を適正に処理すべき職責を有することにかんがみ、一定の試験に合格した者で税理士名簿に登録されかつ税理士会に入会している者でなければ、税理士となつて税理士義務を行なうことができず(一一条、一八条、五二条参照)、税理士が所定の違反行為をした場合には、監督行政庁たる国税庁長官において「戒告」、二年以内の税理士業務の停止」又は「税理士業務の禁止」の懲戒処分をすることができ(四四条参照)、懲戒処分が確定したときは、遅怠なく、同長官がその旨を官報をもつて公告し(四八条参照)、特に業務禁止の懲戒処分を受けた者については日本税理士連合会がその者の登録を抹消する(四条七号、二六条一項四号参照)ものとしている。
ところで、税理士に対する懲戒処分は、一種の行政処分であるから、それが当該税理士に告知された時よりその効力を生ずるものと解すべきであつて、この点については、他の一般の行政処分と区別すべき理由はない。もつとも、懲戒処分の公告および懲戒処分に基づく登録の抹消は、処分の確定をまつて行なうものとされていること前叙のとおりであるが、これは処分のあつたことを前提とする別個の行為ないしは処分の付随的効果であるから、このことと処分の効力の発生そのものとは厳に区別すべきであつて公告や登録の抹消が処分の確定に係つていることの故をもつて処分の効力発生時期を右と別異に解することは許されないものというべきである。いま、本件についてこれをみるのに、原告は税理士名簿に登録された税理士であるが、被告によつて昭和三九年一一月二日付で一年間の税理士業務停止の懲戒処分に処せられ、同年一二月三〇日異議の申立てをしたことは、いずれも、当事者間に争いのないところであるから、右懲戒処分は、遅くとも右異議申立ての前日までに原告に告知されその効力を生じ、したがつて、また、昭和四〇年一二月二九日以降その効力を失なうにいたつたものというべきである。
しかも、右処分の失効後において、なお、本件訴訟を維持する法律上の利益があるかどうかについてみるのに、税理士に対する懲戒処分のうち業務禁止の処分は、欠格事由とされ、この処分に処せられた者は処分確定の日から三年以内は税理士となる資格を有しないとされている(四条七号参照)が、本件業務停止の処分のごときその余の懲戒処分については、その処分に処せられたことによつて将来当該税理士が法律上不利益な取扱いを受け驍アとを認めた規定はない。もとより、違法な懲戒処分に対しては、被処分者は一これによつて蒙つた損害の賠償を求めることができるのはいうまでもないが、かかる訴訟を提起するためには、当該処分が違法であるということをもつて足り、予めその処分が取り消されていることを必要とするものではない。
したがつて本件処分が仮りに原告主張のごとく違法であるとしても、その効力を失なつた後において、判決によつてこれを取り消してみても、原告は、その取消しによつて法律上の利益を回復しうる余地がないものというべきである。
されば、本件訴えは、本案について判断するまでもなく、訴自体不適法であるので、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡部吉隆 中平健吉 斉藤清實)
(別紙第一)
当事者双方の主張
(原告主張の請求原因)
一、 原告は、昭和二二年九月二七日税理士名簿に登録された税理士であるが、被告によつて、昭和三九年一一月二日付官総八-一七五で「一年の業務停止」の処分(以下本件懲戒処分という。)
に処せられ、同年一二月三〇日異議の申立てをしたが、昭和四〇年一〇月三〇日付で異議申立ては棄却された。そして、本件懲戒処分の理由は、
(1) 昭和三五年二月ころ、原告の関与先である東京都新宿区山吹町二九三番地山秀木材株式会社(代表者三沢昇三)(以下山秀木材という。)は、昭和三三年七月一日から、同三四年六月三〇日に至る事業年度の法人税について、四谷税務署から調査されその結果、更正の通知を受けたが、原告は、同年四月ころまでの間に、山秀木材から、右調査に対する税務代理の報酬と更正により同社が新たに納付することとなる追徴税額(ただし、当時は未確定あつた。)との合計金額に相当する額面総額五〇万円の約束手形五通(以下本件約手という。)を受領したが、これを全部無断で自己の用途に費消し、よつて、依頼人の意に反して長期間にわたり、同社の法人税を未納にした。
(2) 原告は、その代表者となつている株式会社大久保税務会計事務所の法人税について、青色申告書提出の承認を受けていたにもかかわらず、昭和二八年五月一四日の設立以来ひきつづき三事業年度にわたり確定申告書を提出せず、また、諸帳簿の備え付けもしていなかつたため昭和三二年六月二二日付でその承認を取り消され、その後現在にいたるまでしばしば確定申告書を怠つた。そして、右の各行為は税理士法三七条に該当するというのである。しかし、本件懲戒処分は、次の理由によつて違法である。すなわち、
(一) 税理士に対する懲戒処分は、行政処分であつて刑罰ではないが、その実質において刑罰に匹敵するものである。したがつて、その懲戒処分も罰則規定に基づくことを必要とし、かつ、これを明示しなければならない。これが、近代法治国家の法理念たる罪刑法定主義の要請するところである。しかるに、税理士法三七条は、倫理規定であつて罰則規定ではないのであるから、本件懲戒処分は、その根拠法条とその明示を欠くこととなり、憲法三一条に違反して無効である。
(二) 前記処分理由は、事実に相違する。いま、これを詳述すれば、
(1) 本件約手は、原告が山秀木材から融通手形として振出しを受けたものである。すなわち、原告は、昭和二四年二月ころより、同社の顧問となり、税務事務処理一切を担当しており、三沢社長とも親密な関係にあり、以前にも融資を受けたことがあつたので、前記調査の行なわれる前同人に依頼して本件約手の振出を受けた。その後、山秀木材に対する税務署の調査が開始された際、同社は、当該事件の事務処理を原告に依頼し、原告との間において、同社は原告に対し本件約手による五〇万円の債務を免除し、原告は自己の負担において同社のために将来確定する更正額の支払いをなし、余剰があればその分を原告の報酬にあてる旨の契約が成立した。
それ故、原告が本件約手の金額を全額費消したことはまさに、正当の行為であり、また、原告は、右約旨に従い、同社のために追徴税額の支払いをしているのであるから、納付が多少おくれたからといつて、それが税理士法三七条にいう税理士の信用、品位を害する行為には該当しないことは明らかである。
(2) 青色申告書提出承認の取消しは、原告の方から進んでその取りやめを申し出たところ、税務署の方でそれには及ばないといつて取消し処分に出たものであつて前記処分理由は、事実に反する。そればかりでなく、もともと、税理士に対する懲戒処分の対象たる行為は主として反道徳的、反倫理的な納税者の信頼を裏切る行為に限られるものであるから、これとは全く関係のない青色申告書提出承認の取消しや税理士自身の無申告、滞納のごとき事実は、懲戒事由に該当しないものというべきである。
仮りに然らずとしても、本件懲戒処分の理由とするところは、全くささいな事柄であつて、税理士にとつて死刑の判決にも匹敵する一年間の業務停止という苛酷な処分の事由にはとうていなりうるものではない。しかも、前述のごとき諸事情をあわせ考えると、本件懲戒処分は、裁量権の濫用であるというべきである。
(被告の答弁および主張)
原告主張の請求原因事実中、処分理由挙示の事実に反する事実は否認するが、その余の事実は認める、ただし、税理士登録は、昭和二六年一二月二五日である。また、本件懲戒処分は、税理士法四六条に基づいて行なわれたものである。
被告の主張は次のとおりである。
(1) 原告が本件約手を山秀木材から預つた当時、具体的な追徴税額、納期等は未確定であつたとはいえ、原告は日常税理二業務に従事し、かつ、本件の四谷税務署の調査内容を了知していたのであるから、その税額、納期等の概略は予知していたところがら、更正にかかる税金、その他報酬等を一切解決するとの約旨のもとに、本件約手の交付を受けたのであり、融資の趣旨で振り出されたものではない。
また、前記税額は、昭和三五年四月下旬ころ具体的に確定したにもかかわらず、原告は、右約旨に反して昭和三七年五月ころまで納付をなさず、それも、税務署より山秀木材に対して納付の督促があり、驚いた同社からの強い申出に基づきようやくなされるにいたつたのであつて、原告の右所為は、明らかに税理士法三七条に違反する。
(2) 納税義務を適正に実現し、納税に関する道義の高揚に務めなければならない職責を有する税理士が、自己の代表者となつている法人について確定申告書を提出せず、あるいは、申告をしても期限後であること、また、諸帳簿不備のため青色申告書提出の承認を取り消されるというがごときことは、まさに、税理士の信用、品位を害する行為であつて、税理士法三七条に違反するものといわなければならない。
なお、本件処分は、原告が昭和三八年六月一二日から九か月間の業務停止処分を受けた事実を参酌して行なわれたものであるから、苛酷に過ぎ、権利濫用にわたる等の誹りを受けるいわれはない。
(別紙第二)
証拠関係<省略>